GLAY

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BIOGRAPHY

2001

  • 23rd SINGLE「STAY TUNED」リリース

    2001.07.04

    収録曲
    01. STAY TUNED
    02. BACK-UP
    03. Super Ball 425
    04. STAY TUNED (Guts!耳コピVersion)

    INFORMATION


    雑誌広告

    REVIEW

    前作『GLOBAL COMMUNICATION』から2か月半、GLAYが早くもニュー・マキシ・シングル『STAY TUNED』をリリースする。
    まずタイトル曲は、オープニングからタイトなビートとメロディアスなギターフレーズがたたみかけられるアッパーな作りが特徴。前作『GLOBAL COMMUNICATION』で暖められたエンジンを、早くもフルスロットルさせたかのようなビート感を耳にすれば、ものの10秒としないうちに、体がウズウズしてくるのだ。
    そんな“いてもたってもいられない”感覚に強くシンクロするのが、まさにオンタイムな“夏”をシチュエーンョンに展開する“愛”の歌詞だ。
    様々なイベントが繰り広げられる夏という季節の中で、誰もか一番胸を熱くする“出会い”“今年こそはと期待を胸に泣き濡れた日々を蹴飛ばして”という積極的な気持ちでつかんだ出会いは、若さゆえの興味心と恋に恋に恋する未成熟な憧れを乗り越え、いつかは“COMEN DARLIN' KISS ME DEEP AGAIN”という情熱的な“愛”にたどり着く。そうすれば“汚れた世さえ楽園になる”と思えるし、“何もかも今始まる”という、とてつもなくポジティブな意志を持つことができる。『GLOBAL COMMUNICATION』の、世界規模での人間愛とは違った、より身近なシチュエーションでの“愛”なだけに、より多くのリスナーが呼応し、なおかっこの夏をより実り深いものにするきっかけにしてくれることだろう。
    さて、TERU久々の作詞作であるカップリング2曲も見逃せない。
    作曲も手掛けた『BACK UP』は、インダストリアルなサウンドと、サイケデリックなアレンジが融合したユニークな曲。こちらでも“All You Need Is Love/LOVE All You Need”という、かのビートルズも唱えたフレーズで、愛の強さを歌い上けているのである。
    一方の『Super Ball 425』(こちらはTAKURO作曲)は、『STAY TUNED』以上にアッパーなR&Rで、ひたすらポジティブかつアグレッシブに突き進む今のGLAYのスタンスがモロに現れた歌詞が、曲の勢いをさらにアップさせている。
    夏というキーワード、ライブ映えするアッパーなサウンド、そしてライブそのものを連想させるギミックーそう、まさに今回のシングルは、この夏再び敢行される「GLAY EXPO 2001“GLOBAL COMMUNICATION”の布石ともいえる作品なのだ。
    今回は北海道、東京、九州の3か所で敢行されるので、より多くのファンがこのライブに集えるようになっている。もしかしたらそこで“出会い”があるかもしれない。そのためにもこのアッパーな3曲で体を十分に慣らし、積極的かつ前向きな意志を蓄えておくべきなのだ!
    (CD HITS!)
  • 五月天『人生海海』にTERU & TAKUROが参加

    2001.07.07

  • GLAYPHONE発売

    2001.07.20


    KDDIとのコラボレーション・アイテム「GLAYPHONE」の発売がスタート。

    INFORMATION

    <プレスリリースより>
    「GLAY PHONE」はGLAYがプロデュースし、オリジナルカラー、オリジナルロゴ、日本初の機能を搭載する最新モデルという。この携帯電話の特長として、GLAY最新情報などのコンテンツを無料(通信料は別途)で楽しむことができる。このコンテンツは、「GLAY PHONE」以外の通常のau携帯電話からは閲覧ができないものとなる。

    コンテンツ内容
    ・GLAY最新情報
    ・待受画面・着メロダウンロードサービス
    ・TODAY IN HISTORY(毎日更新)
    ・バースデーメール
    ・EXPO連動コンテンツ(期間限定コンテンツ)
    ・チケット購入方法などのツアー情報
    ・GLAYの最新情報などが届くメールボックス

    ベースとなるのはC413S。GLAY独自の濃いグレーのカラーリングが施してある。裏面には「G」の文字が刻まれる。
    オリジナルのC413Sと最大の違い点は、GLAYのオフィシャルコンテンツが見られること。このコンテンツは、ふつうのC413Sはもとより、ほかのEZweb対応の携帯電話でもみることができない。

    REVIEW

    CM撮影はNew Yorkで実施。以下、HAPPY SWING vol.20に掲載された撮影リポート

    4/5
    au「GLAY PHONE」CF撮影
    本日の撮影一番手のTERUは、なんと6時45分にスタジオ入り。「QUEENが聴きたくなりました。N.Y.には合いますね」と朝っぱらから大音量でCDをかけ、朝食に目玉焼きとクロワッサン、そしてやっぱりUFO焼きそばを食べる(笑)。その後、メイクルームでDVD観賞をしていたTERUだったが、HISASHI&JIROがスタジオ入りしたため、メイクルームを追い出されることに…(笑)。10時15分、セッティングにかなり時間がかかり、1時間30分押しでTERUの撮影を開始。現地スタッフが半分以上なので、英語が飛び交う中、アップ、GLAY PHONEを持って演技をするシーンなど4パターン撮って終了。その間にTAKUROが到着するが、出番まではかなりの時間があるため、控え室のソファーの上でお昼寝。そして、13時にはJIRO、その後すぐにHISASHIの撮影が始まり、スタジオ入りしてから4時間30分後、ようやくTAKUROがスタート。そんな待ち時間中、別のスタジオではバドミントンやキャッチボールをして汗を流すHISASHIとスタッフの姿が…と、そうこうしているうちに17時。最後に4人のカットを撮り、約12時間にも及ぶ撮影は終わったのだった。
  • 『GLAY EXPO 2001 AX BOMBER』SHIBUYA-AXにてライブ

    2001.07.23


    7/23 東京・渋谷 SHIBUYA AX open 18:00/start 19:00
    GLAY・DISK GARAGE・LAWSONの3つのオフィシャルホームページで告知され、チケット購入者のみに場所が知らされた。

    INFORMATION


    1.FATSOUNDS
    2.Super Ball 425
    《MC》
    3.STAY TUNED
    4.グロリアス
    《MC》
    5.SOUL LOVE
    6.BACK-UP
    7.VIVA VIVA
    8.ROCK ICON
    《MC》
    9.とまどい
    10.SPECIAL THANKS
    11.WET DREAM
    12.MERMAID
    13.誘惑
    14.GLOBAL COMMUNICATION

    [ENCORE]
    1.ひとひらの自由

    REVIEW

    “GLAY EXPO 2001 GLOBAL COMMUNICATION”初日となった東京スタジアムでのライブ5日前、SHIBUYA-AXにて“GLAY EXPO 2001 AX BOMBER”と題したライブが急遽行なわれた。すでにお気付きの方もいると思うが、このタイトルはHISASHIが好きなプロレスラーであるハルク・ホーガンの必殺技“AX BOMBER”と、ライブ会場の“AX”をかけたもので(笑)、タイトルに合わせてSEまでもが「イノキ・ボンバイエ! イノキ・ボンバイエ!」のかけ声で始まるアントニオ猪木のテーマソング『炎のファイター~イノキ・ボンバイエ』という、まさにプロレスの試合会場のような熱~い熱気に包まれたライブとなった。
    リハーサルが終わると、いつものように楽屋で準備をしながら開演までの時間を過ごすメンバー。久し振りのライブで緊張しているのかと思いきや、「全然緊張しない」(HISASHI)、「緊張しないねー」(SHIGE)という会話が聞こえてくる。5分前になると、それぞれが準備運動を始め、「勢いつけていきましょう」とステージ袖で気合いを入れる。今日はみんなラフな格好だ。そして、例のSEがかかると「きた!」と嬉しそうなメンバー…なのだが、客電がついたままだったのと普段とは違うSEだったために、少し遅れて観客が沸く。しかし、メンバーがステージに登場するとますます歓声は大きくなり、1曲目の『FATSOUNDS』からライブはスタート。全15曲という短いライブだったが、この後の“GLAY EXPO 2001 GLOBAL COMMUNICATION”に続くにふさわしいライブとなったことは言うまでもない。
    HAPPY SWING会報Vol.21
  • JIRO単行本「キャラメルブックス2 CARAMEL PAVILION」発売

    2001.07.25


    出版社名:ソニー・マガジンズ
    発行年月:2001年7月
    ページ数/版型:167ページ/20×20
    価格2,100円(税込)
    現在絶版・重版未定

    INFORMATION


    1999年発売の「キャラメルブックス」の続編。
    What's IN?連載「キャラメルボックス」の22回から47回までを掲載。
    その他、2001年EXPO館と連動した撮り下ろし写真、エッセイ、函館~札幌ドライブガイド、餅好きなJIROが全国の名物餅を紹介する「モチモチ館」など。

    GLAY EXPO 2001北海道会場よりTVシャツ付きの限定版も販売
  • GLAY EXPO 2001 "GLOBAL COMMUNICATION"TOKYO公演

    2001.07.28

    GLAY EXPO 2001 "GLOBAL COMMUNICATION"を
    東京スタジアム(現味の素スタジアム)にて開催

    INFORMATION

    ■データ
    会場:東京スタジアム
    日時:2001年7月28日、29日
    開場:14時00分 開演:16時30分 終演:20時30分
    入場者数:10万人(5万人×2公演)
    総制作費:15億円
    ステージ規模:全長80m、高さ25m
    照明:1,200台
    音響:15t
    大型ビジョン:700インチ1台(ステージ上に配置)、350インチ2台
    機材総重量:1,100t(11t車100台)
    総スタッフ数:2,000人(警備・アルバイトを含む)
    救護施設:2カ所(医師:1人、看護師:5人)
    ツアーバス:60台

    REVIEW

    GLAYがまた新たな伝説を作った
    7月28日&29日の東京スタジアムから“GLAY EXPO 2001 GLOBAL COMMUNICATION”をスタート。8月4日の北海道石狩市青葉公園特設ステージ、8月11日の福岡県北九州市マリナクロス新門司特設ステージと全国3ケ所4公演で33万人を動員した。けれども、そんな数字は問題ではない。東京スタジアムでのコンサートとしてのこけら落しをはじめ、会場ごとに掲げた異なったテーマを実現したこの“GLAY EXPO”は、今年の音楽シーンを語るうえで欠かせないイベントとして記憶されるだろう。
    7月29日、東京スタジアムは、軽快なビートに乗った最新ヒット「STAY TUNED」で本編がスタートした。続<ナンバーは初期の大ヒット「グロリアス」どうやら、この日はおなじみのナンバーを新旧取り混ぜて楽しませてくれそうだ。「このハードなナンバーでみんなにぶつかって行きたいと思います」というTERUのMCとともに、「More than love」のビートがハジけ、ボルテージはさらに上がっていく。早弾きソロを決めるHISASHI、それを受け継いでメロディアスなソロを聴かせるTAKUROと2人のギターワークの妙はGLAYならでは。
    中盤には新曲をいち早く披露「ひとひらの自由」は、昨年の“HEAVY GAUGE”ツアー終盤にも演奏していたレゲエのテイストを取り入れたミディアムナンバーだ。大きく包み込むようなメッセージを歌うTERUのボーカルが、夏の空にこだまする。野外ライブならではの開放感が心地よい。
    本編終盤は再びハードで疾走感あふれるナンバーで駆け抜けていく。ベースソロに続いて「SHUTTER SPEEDSのテーマ」。この曲では、JIROが大活躍だ。パンキッシュなボーカルを聴かせ、モニターをジャンプで飛び越したり、と大暴れ。間髪入れず「誘惑」と息つ<間もない波状攻撃で本編終了。
    アンコールでは「生きてく強さ」も披露し、最後は「I'm in Love」の5万人の観客との大合唱で締めくくった。そして、TERUの「もう一度やらしてくれ」とのひと言で、この日2度目となる「HOWEVER」を演奏。
    マイクスタンドを両手で嘩リしめ、万感の想いを込めるようにTERUのボーカルがメロディーを紡いでいく。GLAYの音楽を通じてステージの4人と観客席が、そしてこの日集まった5万人どうしか一体感を味わった感動に満ちた夜だった。

    MEMBER'S COMMENT

    夏空を見上げ強い海風を全身に受けて集った99年7月31日の“GLAY EXPO 99 SURVIVAL”から2年。2回目となるGLAY EXPO 2001“GLOBAL COMMUNICATION”は東京、北海道、福岡の3会場での開催へと進化してセットされた。“これから先の時代の肯定”と“さざめく思い出の抱擁”を成し遂けようとするGLAY EXPO 2001に向けた胸中を、すでに寸暇を惜しんで準備にいそしんでいる4人に聞いた。

    --今年の、GLAY EXPO 2001なんですけど、この案が出てきたのは、幕張でやってから次の年、去年ですか?

    TAKURO(以下TA)▼発案はねえ、もちろん去年の中頃、「MERMAID」あたりですけとね。なんかこう、スゴい途方もないこととか、できるはずのないことが無性にしたくなったというか。だから、最初のEXPOをやったあととかは全然やりたくなかったんですよね。もう、大変で大変で、99年の終わった時点ではね。でもやっぱり、その大変な体験があったからこそ、バンド的にはすごい体力が付いてるから、普通のツアー……もちろん“HEAVY GAUGE TOUR”も過酷だったけれども、それでもやっぱり、まだまだ絶対に飛び越えられないであろうハードルみたいなものへの欲求があるんですよ。その辺がたぶん。“またやりたい!”と思うきっかけなんじやないですかね。
    --最初の発案者はTAKUROさんなんですか?
    TA▼最初って…どうだったんだっけ?
    JIRO(以下J)▼なんか、バンドの中に空気があったんじやないかな。99年のEXPOが終わって、とりあえずそういうでっかいことっていうよりも、まず自分たちのマインドのほうで何か結果を出したいなっていうのがあって“HEAVY GAUGE”っていう、ある意味でファンのことよりも自分たちのほうに比重があるっていうか……あと“HEAVY GAUGE TOUR”もスタートした頃はそうだったから。で、長いツアーの前半戦か終わったあたりで“なんかやっぱ違和感があるな”って……。“自分が追い求めてたものはこんなもんなのかな?”って-俺個人の発想なんだけと、結構“こんなもんだっかのかな-”って思って。
    TA▼札幌のライブは良かったんだよね。
    J▼それで前半戦ファイナルの札幌のライブが良かったっていうのは、そこでの最初の頃の葛藤かあって出した結果なのかも知れないけど、過去のライブの良いときとそんなに変わんないというか。だから、結果、“目指してるものはこうなのかな?”っていう、やっぱり“お客さんとの一体感っていうものは気持ちいいな”っていうのが現実としてあった。自分の“この音かクるよな-”っていう感じももちろんあるんだけども、“ライブっていうのはやっぱこういうもんだよなあ”というとこでひとつ結果を出せたんじやないかなと思うんです、札幌が。それからじやないかな、またちょっと大っきい夢、見たいよねっていう感じになったのは。たから、発案は誰からともなく……っていう感じだったと思う。
    TERU(以下TE)▼きっとね、“夏の時期にもう一度野外でやりたい”っていうところからなんとなく始まってると思うんですけどね。去年ツアーの前半戦を終了して、札幌でみんなでバーベキュー・パーティなんかやったりして、外の気持ちよさを肌で感じたわけじやないですか。そこからまた“来年あたりは野外やりたいね”から始まって“じゃぁやるんだったら”っていう方向でEXPOのほうに流れていったと思うんですけど。
    --“大きいところの野外”っていうのはイメージとしては?
    TE▼うん、僕としてはべつにまあスタジアムでもどこでも良かったんだけども。ただ“外でやりたいなあ”とは思ったし。定期的っていうよりも、2年、3年っていうタームの中でいいから、やっていけたらなあと思っただけですけど。そこで今回は、EXPOってことで……もう一度やりたかったし、“じゃあ、やってみましょう”って話になって、それで出てきた案が一か所一回きりじゃなくて。その“全国でやってみたい”と。
    J▼北海道って言つたのはTAKUROくんだ。TAKUROくんがひとりで札幌キャンペーンに行ったときに、“北海道ではできないことをやりたい”っていうふうにイベンターさんと話したんですよね。
    TA▼そうだ。最近北海道でのイベントもやってるけどもで俺たちは俺たちなりの、北海道の大地を生かしたイベントがあるんじゃないかっていう。ホントにその、思い入れも含めて、最初の案としてはその“北海道”っていうのと、あとでアジアのバンドっていう2つのキーワードは“EXPOやろうか”ってなったときからもうすでにあったな。
    --キーワードは立ち上がってて。
    TA▼うん。いわゆるその、2001年っていう、21世紀をこれから生きていくうえで、なんとなく……世の中もそういう方向を見ているような気もしたし。
    HISASHI(以下H)▼だから、やるべくしてやることっていう感じである種決まってたんじやないかなあ。というのも、2000年に入ったとき、みんな“2000年だあ”とか大騒ぎしてたんだけど、98年とか99年とかとそう大差もなく、で、21世紀に入ってもそんなに変わらなかったりして、“実際僕らの求めているものって何なんだろう?”と思って テクノロジーに対してじゃなくて、もしかしたら俺らが表現していかなけれは変わらないものなのかもしれないのかな、とも思ったんですよね、2000年に。で、2001年という数字とEXPOっていうのは、たぶん99年にEXPOやったときからなんとなぁ~くボンヤリと見えてる“定め”というかね(笑)。で、日本3ヵ所のサーキットっていうのはすげぇカッコいいんじゃないかなって。99年は……大成功のウラの失敗ってそんなに見えづらかったりするんだけども、実際あったし。あのとき、終わった瞬間“すげぇ!みんなに助けられて大成功だった!”って思ったんだけと、細かいところで、ブースが見れなかったとか……いろんな一人ひとりの野望というのはまだまだ高いところにあるってことに後々気づいて。だったら雪辱戦的なものをやれるんじゃないか。絶対次はよりいいものっていうのをみんな見たいと思ってるだろうし、自分にもそれはあるから。
    --逆に99年は、数的なことばかりがクローズアップされましたが、数は置いておいて、先程JIROさんが少し言いましたけども、“人との繋がり”的な部分の、数じゃない部分の快感あるいは充足っていうのはHISASHIさんはどうでした?
    H▼ん-、そうだなあ、やっぱりみんなが“どれどれ、どんなものを見せてくれるんだ?”っていうんじゃなくて、楽しみに来ているっていうところが大事だと思う。今インターネットとかやると、情報収集以外では幻滅する場面がすごい多いんですよね。でも“実際人と会ってみたらそんなこと全然なかったりするんだろうなあ”と思いながらコンピュータの世界にいると思うんだけど、99年のEXPOのときは、それがすごくリアルに感じたんですよね。だから、GLAYを観に来るだけじゃなくて、別に観なくても、そこで友達と待ち合わせて“最近こうだよね”っていう話をする、コミュニケーションの場としても大成功だったと思うんですよ。それを知っているだけに、なんか、“人と会って直に話をすることはすごいいいことだよ”っていうのがきれい事じゃなく感じられてきたんですよね、俺は。だからその場所を多くするっていうのが今すごく必要だと思うし、そういう顔も見たいっていうのもあるし。必要な場所ってことだと思う。
    TA▼なるほど-いやぁ、いいこと言うなあ-(笑)
    --今年のEXPOは、東京と北海道と九州のこの3つの会場なんですけどライブの内容はやっぱり違うと思うんですよね、環境的にも。
    H▼内容から全部違うんじゃないかなあ。オープニングももちろん違うし、曲も違うんじゃないかなあ。まぁでも、そこは“GLAY EXPO”っていうので貫いてるから、ライブで聴きたい曲をやって楽しくいろんな曲をやるとは思うんですが、でも、それでも内容は違うと言える。北海道で言えば“EXPO館”も含めて、北海道の大地っていうものとEXPOの関わり方がすごい密接だから、やっぱりそこにいちばんふさわしいような内容になるだろうし、九州であれば、福岡県自体かアジアの玄関□であるっていう事実がある以上、俺たちからもいろんなハンドに声をかけたりして、佐久間(正英)さんたちのThe d.e.p.も出ることになったしね。で、アジアの国のホントに頑張ってる連中も理解してくれて来てくれてるし。そうなったらやっぱり、GLAYのやってる曲は同じだけれども、聴き方も違えば表現も違うというか。すごく表面的なことを言ってしまえば、3会場でスタート時間とか終わる時間が違うじゃないですか。その時間帯によってコンサートの内容が違ってくるだろうなっていうことは考えられるんですけども。だから、東京スタジアムでやるのがいちはん通常のコンサートに近いのかなとか。
    H▼東京ではスマートなGLAYがご覧いただけますよ。
    --そうすると、オーブンが11時でスタート16時という、北海道でのGLAYは?
    TA▼いいお父っつぁんぷりなGLAY(笑)。訛ったお父っつぁんという、そういうGLAYが見れるのでは?(笑)九州はオールナイトですからね、たぶんGLAY史上……『いちばん長いライフになりそう(苦笑)「BURST」が長いです(笑)。
    TE▼長いの?(笑)だんだんジャンブ力がなくなってきたりして(笑)。
    H▼いや、もう最初から動かない。
    J▼(笑)“この曲さっきやった”っていうのもあったりして(笑)で“2回目かよぉ”って。
    H▼“あれぇ?気のせい?”って(笑)。
    TA▼EXPOに関してみんなが夢を見てるのね。すごい青臭い夢を。それはやっぱりうれしくもあり、かなえてあけたくなるんですよね。
    EPISODE
  • NEVERMIND「I love N.M.+ 3」リリース

    2001.07.28

    NEVERMINDのファーストアルバム「I love N.M.」が初CD化。
    CD化に際し3曲追加された。それに伴いタイトルも「I love N.M.+ 3」に変更。

    収録曲
    01.RADIO NEVER MIND
    02.What's goin'on~極悪トニー~
    03.LOVE SURVIVOR
    04.END TRAP
    05.POWER NEVER MIND
    06.ごらん、世界は苦しみに満ちているよ。
    07.オアフ島 カメハメハ
    08.Pretty Park
    09.BIG☆STAR!!
    10.THE GREAT ESCAPE
    11.ETHNIC NEVER MIND
    12.なになにナ
    13.TAI∞ZAN
    14.I LOVE N.Y
    15.tapのLONLEY BLUES
    16.テルビスのテーマ (追加曲)
    17.ヤンバルクイナ(イノキのリズムで) (追加曲)
    18.極悪トニー望郷編 (追加曲)
  • GLAY EXPO 2001 "GLOBAL COMMUNICATION"TOKYO2日目

    2001.07.29


    GLAY EXPO 2001 "GLOBAL COMMUNICATION"を東京スタジアム(現味の素スタジアム)にて開催

    REVIEW

    ライブ・パフォーマンスはもちろん、さまざまな趣向を凝らして全国のファンを楽しませてくれた“GLAY EXPO 2001 GLOBAL COMMUNICATION”(以下“EXPO”)。ボーカリストとしてステージのフロントに立ちファンとのコミュニケーションを司るTERUにとって、この“EXPO”はどんな意味を持つイベントになったのだろう。
    「今回は、北海道の話からスタートして、東京や九州でも開催できることになったんです。“日本中を巻き込める”とうれしく思いました。でも、どの会場もみんなの思い出に残るようなライブにするのは大変だし、だからこそやりがいもある。21世紀のの正式なライブ-発目に、そんな挑戦をできるなんてね。これを乗り越えたら何でもできる、どんなことにも心lち向かえる強さを持つことができるって。」
    東京スタジアムを使った音楽コンサートのこけら落し、九州会場でのアジアのバンドを招いてのオールナイト・コンサート、北海道会場での大展示…。さまざまな挑戦をクリアしていくと同時に、各会場では開催前に宣言していた公約を実行したり、遊び心を忘れないのもGLAYらしい。「EXPOや万博ってお
    祭りですよね。だから、みんなで楽しめることも盛り込みたかったんです。僕たち自身も楽しんでグッズを作ったり。なんだか、白分たちのやりたいことや夢をかなえる場所にもなりましたね(笑)」
    “EXPO”とは、オーディエンスとGLAYの4人の夢がかなう場所だったのかもしれない。
    そんな“EXPO”会場にひときわ感動的に響いた曲が「ひとひらの自由」。9月19日にリリースされるこの曲は、レゲエ・テイストを取り入れたミディアム・ナンバーだ。
    「レゲエっぽい曲調なんで“屋根のない空間で、思いっきり空に向かって響かせたい”と思ってたんです。今回の“EXPO”は、どの会場も野外だったんでぴったりでした(笑)。今回は『VIVA VIVA』という新曲も披露してて、これを聴いたら゛おや!?″と思ってくれるんじやないかな。きっとGLAYの新しい面を感じてもらえると思います。」
    曲調については、あえて触れずにおこう。この曲は東京会場でも演奏されているので、ぜひオンエアを確かめられたし。ところで、新曲が完成しているということは、待望のニューアルバムのレコーディングも順調に?
    「はい。かなりの段階まで。歌入れはまだ8割ぐらい残ってますけど“EXPO”で得たものか反映してくるんじゃないかなと自分でも期待しながら歌入れすることになりそうです。」

    MEMBER'S COMMENT

    EPISODE

    ■スカイパーフェクTVのペイチャンネルにて放送。
    【番組コピー】
    これからのGLAYの方向を知る上でも“EXPO”は重要な意味を持つライブイベントとなった、といえそうだ。最後に、オンエアされる東京公演の見どころは?
    HISASHI「GLAYにとって21世紀になって初の正式なライブ。かなりベスト的選曲です。しかもGLAYのいまやりたいロック像がストレートに出ましたね」

    ■2004年11月3日 DVD発売。

    GLAY EXPO 2001 GLOBAL COMMUNICATION LIVE IN TOKYO STADIUM
  • 『GLAY EXPO 2001 in 石狩シンポジウム 幕張を想い出します…』 石狩市青葉公園内野球場にてライブ

    2001.07.31

    2001.7.31(Tue) 北海道石狩市青葉公園内野球場にて開催
    Air-Gにて入場者を募集。

    INFORMATION


    1. カナリア
    《MC》
    2. LOVE SLAVE
    3. summer FM
    《MC》
    4. May Fair
    5. HOWEVER
    6. STAY TUNED
    《MC》
    7. ひとひらの自由

    REVIEW

    石狩流星海の方々による北海道名物“よさこいソーラン節”で幕を開けたこの日。予想を遥かに越えた迫力ある踊りに続き、“DOCUMENT OF GLOBAL COMMUNICATION”と題したビデオ上映が始まると、真剣な表情で大きなモニターを見つめる1万2千人のお客さん。レコーディングやミーティングの風景、アジアプロモーションなどなど、“GLAY EXPO 2001 GLOBAL COMMUNICATION”に至るまでの映像が次々と映し出される。そして、約45分のビデオ上映後には、いよいよGLAYの登場!となったのだが…客席の様子がいつもとちょっと違う。そう、今回はライブではなく、あくまでもシンポジウムなので立見は禁止。全員地面に座って観るのだ。またメンバーがステージに現われると、歓声ではなく拍手が起こり、さらにTERUの「今日は話ながら、和気あいあいと、のんびりまったりいきましょう」という言葉通り、曲と曲の間にはかなり長~いトークが! トークは3部構成になっていて、1部は“なぜ2001年にEXPOをやったのか”。2部の質問コーナーでは、「北海道の裏情報を教えて下さい」「GLAYはどこまでいくんですか?」といった質問をお客さんから受けるメンバー。と、ここで北海道のイベンター、ウエスの西木氏が登場。TAKUROにステージへと突然呼ばれ、少し戸惑いながらも8月4日のライブの諸注意を伝える西木氏。そして3部では、レコーディングの状況や近況報告。アルバムについても少し触れ、この時点ではまだ9割も歌詞を書いていないと衝撃の告白(?)をするなど、曲3割、トーク7割(笑)といったカンジで進行。いつもとはまた一味違ったGLAYを観ることができたシンポジウム。最後の曲『ひとひらの自由』が終わり、メンバーがステージから去ると花火が打ち上げられ、たまにはこういうのもいい~と思わせる一時となった。


  • GLAY EXPO 2001 "GLOBAL COMMUNICATION"北海道公演

    2001.08.04

    2001.8.4 北海道石狩市青葉公園特設ステージにて開催

    INFORMATION

    ■データ
    会場:北海道石狩市青葉公園特設ステージ
    日時:2001年8月4日
    開場:11時00分 開演:16時00分 終演:19時30分
    入場者数:10万人
    総制作費:22億円
    会場総面積:20ha
    ステージ規模:全長123m、高さ31m
    照明:10,000台
    音響:30t
    大型ビジョン:600インチ1台(ステージ上に配置)、400インチ4台、200インチ4台
    機材総重量:330t(11t車30台)
    総スタッフ数:5,000人(警備・アルバイト含む)
    救護施設:4カ所(医師:4人、看護師:4人)
    ツアーバス:1,100台

    MEMBER'S COMMENT

    --リーダーとして、メイン・ソングライターとしてGLAYの司令塔とでもいうべき存在のTAKURO。彼のなかにに“EXPO”の構想が生まれたのはいつぐらいからだっだのか。
    「去年の夏ぐらいからですご来年は北海道で野外ライブをやりたいね″ってみんなで話して。最初は、そんな単純な理由だったんです(笑)。でも今回は゛楽しいばかりじゃなくて社会的な意義みたいなものもあっていいんじゃないか″と。」
    --たとえば?
    「経済的に元気がない北海道を北海道出身の僕らが、微力でも何か手助けできないか、とか。アジアのバンドを呼ぶことで音楽を迎えてアジアにもっと目を向けてほしい、とか。」
    --ライブをやって観客と一緒に楽しむ、というバンド本来のあり方をベースにしながら、視線はさらにもう一つ先を見ている。これは、かなり大きな意識の変化なのでは。
    「去年あたりから、自分の内面でGLAYというバンドを俯瞰的に見られるようになったんです。“バンドって楽しい”“いい曲を作ってみんなに聴いてもらいたい”…。その先に何かできるだろうって。まあ、そういうたいそうな意義とは別に、文化祭のノリでいろんなことをやらしてもらってますけどね(笑)」
    --北海道会場での展示やグッズ制作、公約など自分たちて堰堤や工場の大だちと打ち合せしながら進めていった。思いつきを自分たちも楽しみ、来てくれた人とも一緒に楽しむ。
    文化祭みたい、といったら失礼か…。
    「いやいや。まさに文化祭ですよ(笑)。公約なんて、リーダーとしてどこで止めたらいいのかと(笑)。今回は、楽しい祭りの後の一抹の寂しさのなかに、それぞれ今後の課題みたいなものが残っていれば成功だと思うんです。」
    --そして気になるのが大規模なこの゛EXPO"を成功させた後のGLAYの動向。一昨年の゛EXPO″後には「達成感と同時に虚脱感があった」と、語っていたTAKUROだが…。
    「あのころは人間の器が小さかったから(笑)。20万人ライブの後“さて次に何をすればいいのか”と。今回は、'99年のときのような弱っちい虚脱感はないですね。もし、課題か残ったとすれば“自分が音楽家として何をできるか”を追求していけばいいんだと思うし。」
    --その今後が見えてくるのが、現在レコーディング中のアルバムになるはずだ。
  • GLAY EXPO 2001 "GLOBAL COMMUNICATION"九州公演

    2001.08.11

    2001.8.11 北九州市マリナクロス新門司特設ステージにて実施

    INFORMATION

    ■データ
    会場:福岡県北九州市マリナクロス新門司特設ステージ
    日時:2001年8月11日
    開場:15時00分 開演:21時00分 終演:8月12日 5時00分
    入場者数:8万人
    総制作費:15億円
    ステージ規模:全長150m、高さ30m
    照明:2,000台
    音響:スピーカータワー14カ所、スピーカー200セット
    大型ビジョン:600インチ1台(ステージ上に配置)、400インチ2台
    機材総重量:1,320t(11t車120台)
    総スタッフ数:6,000人(警備、アルバイト含む)
    救護施設:6カ所(医師:6人、看護師30人)
    ツアーバス:1,500台

    ■参加アーティスト(出演順)
    五月天(台湾)、DOME(タイ)、紫雨林(韓国)、ニコラス・ツェー(香港)、The d.e.p (ビビアン・スー、佐久間正英、土屋昌巳、ミック・カーン、屋敷豪太による日台英混合バンド)

    REVIEW

    全3会場4公演、計30万人。
    この夏もまた、とてつもない動員記録を打ち立ててしまったGLAY。ハッキリ言ってこれはもう、いわゆる音楽イベントの常識を遥かに超越した数字である。国民的行事とまで言ったらサスガに大ゲサだろうが、GLAY EXPOというイベントが限りなくそれに近い次元にあることは、もう誰にも否定できないはずだ。
    なにしろ都心のみならいざ知らず、絶対に地元のファンだけでは埋まりきらない前提の北海道や九州の会場にまで、全国各地から「地球規模のコミュニケーション」を求める者たちを集めてしまったのだ。
    開催発表の段階から、彼らがファンのなかにある“冒険よく”を刺激していたのは確かだが、果たして結果、どれだけの人間がGLAYを動機に“旅”したことか。それを考えたなら「GLAYの一挙手一役足が日本経済に少なからず影響を与え得る」なんてことも間違いなく言えるはず。しかし、TAKUROがここのところ機会あるごとに口にしている「いい曲を作ることの先にあること」というのには、そんな、経済や政治にすらも影響を与え得るべきポップ・ミュージックの説得力と有効性といったものも、含まれている気がする。TAKUROの□にすることやGLAYのやることなすことが気になるのは、彼らがカリスマ、あるいは今後の社会を背負って立つ世代の代弁者としての自身の影響力じゃなく、何より音楽そのものの力を信じて動いている、と思えるからだ。
    要は彼らが、音楽を「きっかけになり得るもの」と解釈し、その有効さを最大限に活用しようとしている、ということだ。たとえば実際、「ひとひらの自由」は、すでにGLAYファンの間で特別な存在となっているはず。もちろん、どんなにTERUが「Don't worry」と繰り返してくれたところで、明日からみんなの心配ごとがなくなるわけじゃない。だけどそれが受け手側にとって、何かと向き合うきっかけになるのなら、それだけで無限大の価値があるとは言えないだろうか。
    「GLOBAL COMMUNICATION」を命題に掲げた『GLAY EXPO 2001』には、GLAYにとって間違いなくある種の集大成、総括であると同時に、だから
    こそ新たな起点でもあった。事実、TERUは九州でのステージ最終幕で「ここがスタートライン」と明言した。実際、これから彼らが何を起こそうとしているのか、また、どんなことを起こし得るのかはわからない。が、ボッブ・ミュージックの持つ無限大のカを頑ななまでに信じながら、どこまでも走ることをやめようとしない彼らみたいなバンドに牽引される日本という国の音楽シーンも、まだまだ捨てたもんじゃないと思わずにいられない。
    なにしろ「“いい曲を作ること”の先にあること」を探そうとする彼らにとって、まず「世の中に“いい曲”を提示すること」は、朝起きたら歯を磨くのと同じくらいアタリマエのこととして前提にあるのだから。そんな“いい曲”を媒介として、彼らが何かしらの“きっかけ”を与え続けてくれる限り、僕らは僕らで、何かを考え、感じ、発信すべきなのだろう。それがきっと、本当の“夜明け”に繋がるんじゃないだろうか。
    2001年8月12日、朝。4+30万人の、今世紀最初の夏が終わった。太陽は見えなかったけれど、とても素敵な夜明けを見た。

    MEMBER'S COMMENT

    HISASHIインタビュー
    --ステージではMCを取ることもなく、寡黙で孤高とすら呼びたくなるようなオーラを漂わせているHISASHI。けれども、彼の鮮やかなギター・ワークはGLAYのサウンドを語る上で欠かせない存在だ。今回の“EXPO”でも、ソロにバッキングにと、切れのあるプレイを堪能させてくれた。優れたギタリストを2人擁しているGLAYのなかで、互いのパート分担はどのようになっているのだろう。
    「不思議なことに前もって話し合ったりした記憶がないんです(笑)。レコーディングだと、たとえば前の日にTAKUROくんが入れたのを聴いて“こうきたんだ。じゃあ、俺はこう行こう”とか。“ここでソロ入れなかったんだ。じゃあ、俺がソロを入れよう”とか。お互いのソロやバッキングを聴き合いながら、10何年やってきたからでしょうね。ライブでもあんまりぶつかり合わないし、“音での会話を楽しむ”みたいなところがあるんです。」
    --そうしたギター・ワークの妙は今回の“EXPO”でも、存分に楽しませてくれた。サウンド面で重要な役割を果たす一方で、“EXPO”ならではの遊びにも大きくひと役買った。それが“公約大臣”。そもそも、なぜ公約を?
    「文化祭も準備期問が楽しい、みたいなところがあるじゃないですか。“EXPO”のプロモーションで、全国各地のFM局をまわったとき、DJの方たちと“こんなのやったら面白いんじゃない?”みたいに盛り上がったんです。“よし、じゃあそれをやりましょう”みたいに宣言したのが公約。僕は、大臣みたい
    に最終的に“よし”とハンコを押すみたいな役まわりをしたんで“公約大臣”と(笑)。」
    --しかし、大規模なライブをやるだけでも大変なはず。その上で、そんな遊びも取り入れていくなんて! しかも人マジメに…。
    「GLAYのいいところってそこだと思うんです(笑)。音楽を真剣にやるかたわらで、真剣に遊びもやる。そこが通常のライブやツアーと今回の“EXPO”の違いでもあるし。しかもGLAYってツアーなどて触れ合った人たちから、いろんなものを吸収して音楽に取り入れてきたバンドなんです。今回も、これだけいろんなことをやったことが次のアルバムに反映されてくるんじゃないかな。」