INTERVIEW
Vol.112 函館市長 大泉潤×TERU 対談インタビュー
北海道・函館の大泉潤市長とGLAY・TERUが、函館市役所にて初対談。8月1日(木)から5日(月)まで開催される函館港まつりでは、『第69回道新花火大会』でGLAYの楽曲と花火が競演するほか、「いか踊り」音頭をTERUが歌唱した新アレンジでレコーディング、更には山車も出す。コロナ禍で受けた打撃を乗り越え、観光地としての輝きを取り戻している故郷・函館の現在、そして理想の未来像について。TERUの熱望に大泉市長が応え急遽実現した、函館愛に溢れる対談の模様を、7月31日の本日、“GLAYの日”にお届けする。
2024.7.31
- TERU
急なご相談で申し訳ありませんでしたが、「ぜひ対談させていただきたい」とお願いしました。今回はありがとうございます。
- 大泉市長
いえいえ。花火とGLAYとの競演 、函館のみんなは喜んでいますよ。
- 大泉市長
- 大泉市長とTERUさんのそもそもの出会いはいつ頃ですか?
- TERU
僕らが初めて函館で野外ライブをした時(『GLAY Special Live 2013 in HAKODATE GLORIOUS MILLION DOLLAR NIGHT Vol.1』/2013年7月27・28日 函館・緑の島野外特設ステージ)に、「すごく力を貸してくれる人が函館市役所にいる」と聞いていて。詳しく訊いたら「大泉洋さんのお兄さんなんですよ」と。「えっ、洋くんのお兄さんが? 心強いね」と話していたんです。
- 大泉市長
実は、最初にお会いしたのは2011年の、たしか寒い時期だったので秋か冬近くに、市民会館でGLAYさんにライヴを開催していただいたことがあったんですよ。工藤前市長と一緒に楽屋に伺って「弟がお世話になっています」と名刺を出した覚えがあります。
- TERU
そうでしたね!
- 大泉市長
当時私は秘書課長だったので、カバン持ちで楽屋に混ぜてもらった、という感じです。「役得、ラッキー!」って(笑)。
- 野外ライヴの実現にあたっては、大いにご尽力なさったと耳にしております。
- 大泉市長
どうなんでしょう? 当時は秘書でしたので、黒子ですよね。そもそも、市民会館の楽屋にお邪魔させていただいたのも、工藤前市長にGLAYさんと繋がってほしかった、という想いからでした。もちろん曲はよくご存じだったでしょうけれども、ちゃんとお会いしてGLAYさんと工藤前市長が親しく話をしたことはなかったので、チャンス到来と思って楽屋訪問のアポを取ったんです。
- TERU
その後に食事会も設けていただきましたよね。「函館を盛り上げていきたい」というところでGLAYは函館市の皆さんに協力を仰ぎまして、そこで繋ぎ役として大泉市長に尽力していただいた、という感じです。
- 函館市役所を2022年7月に退職なさり、2023年4月の市長選で当選、函館市長に就任されました。2023年11月、TERUさんが函館・赤レンガ倉庫で開催した初の作品展にも足を運ばれ、交流なさっていましたね。
- TERU
G4 Air Port Spaceというポップアップショップが函館空港に出来た時、オープニングの日にちょうど 1日だけスケジュールが空いたので、日帰りで行きまして。そうしたら、まだ市長になられていない時の大泉さんがいらっしゃり、「ただの大泉です」と自己紹介されまして(笑)、ご挨拶させていただいたんです。
- 大泉市長
そうなんですよ。市役所も辞めた後の浪人時代だったので、肩書きも何もない、ただのおじさんの名刺なんです(笑)。
- TERU
でも足を運んでいただいて本当にありがたかったですね。
- 大泉市長
ファンの方も喜んでくれていて、素晴らしいですよ。
- TERU
最初は半年ぐらいの企画だったんですけど、2年ぐらいに延びたんですよね(※2023年8月末までの予定が、2024年末までに延長)。
- 今年5月には、大泉市長がXにてGLAYデビュー30周年のお祝いメッセージを投稿され、函館山をバックにした動画は大きな話題となりました。
- TERU
ありがとうございました。
- 大泉市長
いやいや、とんでもないです。
- 「GLAYはすでに地域のアイデンティティになっている」というお言葉が印象的でしたが、GLAYは、函館市にとってどのような存在でしょうか?
- 大泉市長
まずは、メンバーの皆さんがいて、ファンの皆さんがいますよね。そして我々地元。この三者が、三位一体とでも言うようなすごく良い関係にあるんですよね。メンバーの皆さんはもちろん故郷を愛していただいていて、ファンの皆さんも、例えば(ライヴが函館で開催されても)ゴミなどを絶対に残さない。その理由、動機は「自分たちがマナー違反をしたらメンバーが傷付くんだ」ということなんですね。メンバーと故郷のこの地域が良い関係であるための使命を自分たちは持っているんだ、と。それが地元としても分かるから、この三者の関係は奇跡的で、GLAYさんならではだろうなと思います。
- TERU
“ファンはアーティストの鏡”とはよく言われますし、周りから褒められるんですよ。GLAYのファンの人たちのマナーが良いとか、絶対にゴミを持ち帰るとか。
- 大泉市長
やっぱりそうなんですね。
- TERU
どの場所でも「GLAYには迷惑を掛けない」という気持ちで行動してくれている、という話をよく聞くので、地元の函館でもそのようにちゃんと行動してくれている、と今お聞きして、すごくうれしいですね。
- ファンの皆さんは、函館を訪れるとお買い物をしたり食事をしたり、一人一人が宣伝大使のような側面もあると感じます。
- TERU
「とにかく函館にお金を落としていってほしい」というお願いはしているので(笑)。
- 大泉市長
ありがたいですね(笑)。もちろんそれもありますし、先ほどの「アイデンティティだ」というのをもう少し伝わりやすくお話しすると、例えば、あの動画は函館山をバックにしゃべっていたんですけれども、函館市民はみんな、函館山を普段から見ているんですよね。それはきっと山梨とか静岡の方が富士山を見ているような感覚があるんじゃないでしょうか。
- TERU
そうですね。
- 大泉市長
だから、函館山やそこから見た景色というのは、函館市民は共通項なんですね。一人一人は違うけど、そういうもので繋がっている。他にも函館にはそういうものがたくさんあって、教会群だったり温泉だったり、五稜郭だったり。そういうものを僕は勝手に“地域アイデンティティ”と呼んでいるんですよ。会ったことがない函館市民同士が、例えば東京で会って「故郷が函館だ」とお互いに分かった時に、いろいろな話をしますよね。函館山の話もきっとするだろうし湯川温泉の話もするかもしれないけど、GLAYの話も必ずするはずなんです。だから、もう地域の人を繋ぐ絆のような存在になっている。「GLAYは地域のアイデンティティなんです」と言ったことの意味はそれなんです。
- 大泉市長のこういったお言葉、お人柄に対して、TERUさんはどのような印象をお持ちですか?
- TERU
まずは、律儀な方だなと思います。お花を贈っていただくのもそうですし、必ず足を運んでくださるので。たぶんGLAYだけではなく、いろいろな企業の方たちのイベントにも足を運んで、地域の皆さんとすごく近いところで会話をしていっている方だな、とお見受けします。やっとコロナ禍が明けて、函館で去年は4年ぶりに港まつりが開催され、僕もまつりを楽しみました。「函館が立ち上がろうとしている今こそ、自分たちも力を合わせて何かやろうよ」ということで、地元で繋がっている友人たちと力を合わせて「今回は山車を出そう。歌は俺が歌う」という話になって。それが函館の起爆剤になって、他の祭りにも負けないものができればいいな、と考えています。そういった企画にも協力してくださるような市長さんなんだな、という感じがしています。
- 大泉市長
もう、感激していますよ。強烈なインパクトですから、すごいことになるんじゃないでしょうか。
- TERU
僕自身、いか踊り(※2)を踊ったのは小学6年生の時が最後だったんです。中学校に入ったら恥ずかしくて並べなくて、高校生になったらおまつりにさえ行かなくなって、外れのところで皆でたむろして遊んでいる、みたいな。それから35年以上経って、去年実際に踊ってみたら、とてつもなく楽しくて。「なんでお祭りを楽しまないで過ごしてきたんだろう?」とすごく後悔したので、「来年こそは、今以上に楽しもう」ということで、皆で法被を着て参加しようよ、ということで僕がデザインしたGENTENハッピーハッピを販売するなど、友だちといろいろなアイディアを考えました。だから、意識が変わったのは、去年のいか踊りに参加したことがきっかけなんです。
- 大泉市長
素晴らしいですね。
- いか踊りも、函館の地域アイデンティティですよね。
- 大泉市長
そうなんです。私は観光部の係長だったことがあって、青森のねぶた祭りと函館の港まつりが、その頃は互いに行き来していたんですよ。ミニねぶたが港まつりに参加して、次の年はいか踊りの軍団が青森に行く。函館から100人ぐらい行くんですけれども、それだけだとうねりとしてはちょっと小さいので、青森側でも踊りたい人たちを募集するんです。振り付けは簡単なんだけど踊りを教える人が必要なので、お祭りの2、3週間前ぐらいに踊りを教えに行くという仕事があって、私はそれを何年か担当したんですよね。青森市民の皆様に、自分が踊って教えていました。
- 何かコツのようなものはあるのでしょうか?
- 大泉市長
一番のコツは、恥ずかしがらないことです(笑)。踊りは簡単ですからね。
- TERU
あと、大人はお酒を飲んだほうが楽しいですね(笑)。
- 大泉市長
踊りを教えていたのは係長の頃のことで、TERUさんがおっしゃったように、自分で踊る機会がだんだんなくなってくるんです。ついこの間、6月に台湾のデパートで函館の物産展を開始してくれて、デパートのステージで、台湾の子どもたちがいか踊りをしっかり覚えて踊ってくれたんですね。ステージを降りてきた子どもたちに連れ出されて私も踊ることになったんですが、咄嗟に踊れなかったんです。「しまった! 忘れてる」とびっくりしました。
- TERU
あはは!
- 大泉市長
でも最後の♪イカイカイカイカ~となるところで、記憶がよみがえりリズムもきちんと合いました。
- TERU
いか踊り音頭は、決まった音源が一つしかないんですが、いろいろなバージョンがあってもいいんじゃないか?と思ったので、今回僕がアレンジしてレコーディングしましたので。いか踊りを全国区にしていきます!
- 大泉市長
これはすごいことになりますよ。いか踊り新時代ですよ。
- TERU
「シン・いか踊り」という名前で(笑)。
- 8月1日(木)の『第69回道新花火大会』では、2023年の第68回に引き続きGLAYの楽曲と花火とのコラボレーション。今回はリクエストを募って楽曲を選ぶという初の試みが実現しました。
- TERU
もっとファンの子たちを巻き込んでもっと大きなお祭りにしていきたい、と話し合って、楽曲をファン投票で決めるのはいいよね、という話になりました。
- TERUさんは2022年7月、YouTubeチャンネル『GENTEN.HAKODATE』を立ち上げ、函館の今、ローカルな魅力を発信なさっています。市長はそういった活動をどうご覧になっていますか?
- 大泉市長
心から、感謝申し上げたいと思います。
- TERU
ありがとうございます。
- 大泉市長
あれは大変な威力ですよ。だってこんなスーパースターが函館市民に身近なお店などを強力に発信してくださっていて、それもまだ発掘されていない函館の魅力だったりしますから。これがまた、面白いんですよね。
- TERU
本当ですか?
- 大泉市長
見応えたっぷりです。
- TERUさん選択眼の根底には深い函館愛があり、それが伝わるご紹介ラインナップだと感じます。
- 大泉市長
愛情がすごく滲み出ていますよね。
- TERU
まんぷく食堂もそうですが、行きつけばかり紹介し過ぎて、ファンの子たちがたくさん来てくれたのはうれしいんですけど、自分が行けなくなってしまいました(笑)。
- 大泉市長
去年久しぶりにまんぷく食堂へ行ったら、「『GENTEN.HAKODATE』のステッカーがここに貼られているんだ」と誇らしげに言っていましたよ。その時も「『GENTEN.HAKODATE』を観て」というファンの方が次々に来ていました。
- TERU
今“GENTEN巡り”をしているファンの子たちがいるようです。もう30か所ぐらい紹介していますからね。
- 現在、海外からの観光客で賑わっている函館。コロナ禍で観光業の方々は大きな打撃を受けたと思うのですが、どのように乗り越え、現在はどのような状況なのでしょうか?
- 大泉市長
観光というのは、盛り上がったり、あるいはコロナ禍のようなことで一気に沈んだり、どうしてもそういう宿命なんですね。例えば、辛いことでしたけれど東日本大震災の時も、自粛ということで何か月も観光客が来ない、と言いますか、日本中動かない時があったりもする。その度にホテルさん、飲食店さんをはじめ観光事業者の方々は苦しい時期を耐えるんですよね。今回のコロナ禍は、未だかつてなかったほど大変なことだったと思います。もちろん、アーティストさんも本当に大変だったかもしれませんけれども。国のいろいろな交付金や、市の支援も行ったんですが、何より、観光事業者の皆さんが知恵と工夫で、大変な想いをしてギリギリのところで乗り越えていたと思いますね。今ようやく、去年から(コロナが)5類になって人の動きが出始めて、観光客の皆さんに“喜んでもらえる喜び”を実感している、観光に携わっている方のそういう雰囲気がとても伝わってきます。
- TERUさんも、コロナ禍でエンターテインメント業界も大きな打撃を受ける中、函館の街を強く心配されていました。
- TERU
僕が函館にスタジオを建てたのが6年前になるんですが、当時はインバウンドが盛り上がっていて、人がどんどん函館に入ってきている状況だったんです。北海道新幹線も開通して、飛行機の便数も多かったんですけれどもコロナ禍で減少し、ホテルにも人が入らなくなって……。友だちも多いので、函館のいろいろな飲食業の方たちの話を聞いて「なんとかしないといけない」と危機感を抱いたのが、『GENTEN. HAKODATE』を始めたきっかけです。どうにかして函館を盛り上げていきたい、という想いで、横の繋がりを増やしてお互いに協力し合いながらとにかく乗り越えていこう、と。励まし合いながらやってきました。18歳までの思い出は一生心に残るみたいで、高校時代までに過ごした函館の美しかった風景が頭に残っているので、それを絶対に壊したくない、という想いがやっと芽生えた、というか。
- 上京後すぐに、ではなく今だからこそ抱く想いなのですね。
- TERU
それまでの函館は、親やきょうだいに会いに来るだけの場所だったんですけども、コロナ禍の中で改めて街を見た時に、「すごくポテンシャルが高い街なのに、なぜそれを上手く活かすことができないんだろうか?」とも考えて。友だちと、「函館湾に屋台船が浮かんでいたら綺麗だよね」という話もしていて、いつか実現させたいと思っています。それに観光を繋げていき、函館を日本一、世界一の“観光したい街”にしたいな、と。そういう想いに今はなっています。
- 大泉市長
日本全体もこれだけ人口が減ると、海外の方に来ていただく、日本で働いていただくことが必要になってくると思うんですよね。世界中のいろいろな国がそう願うわけで、ということは、日本も選んでもらわなきゃならないんですよ。国が、というよりも一つ一つの街が。例えば憧れの対象になるとか、あるいは外国人を受け容れる共生の器がちゃんとできているとか、そういうことがすごく大事です。世界から注目される、「函館から目が離せない」みたいな状況を生み出さないとならないんです。そういう時に函館の潜在力を現実の力に変えて、発信する。それが必要なんですが、これがなかなか、簡単なことではありません。でもTERUさんならそれを前に進めることができる、ということが、今のお話を聞いてとてもよく分かりました。最近、以前よりずっとギアを上げてくれていますよね?
- TERU
そうなんです。僕は2年前からこの街を絶対にアートの街にする、と考えて動き出していまして。
- 大泉市長
素晴らしいですね。
- TERU
いずれは函館に美大をつくることを目標に、今頑張っています。せっかく函館で綺麗な街を見ながら生活している学生たちが絵を描き始めたのであれば、その受け皿となるような、その絵で自活していけるような空間、環境をつくる必要があって。それには、大きなものではなくても、やっぱり美大をつくるのがいいんじゃないか?と。「こんな綺麗な美大があるんだ」ということで世界中から学生が集まってくれるんじゃないか?という期待もあります。音楽家として、ヴォーカリストとしてGLAYとして、生きているうちは「ずっと歌いたい」とは思っていますが、個人の小橋照彦としては、函館に恩返しをして(次世代に)バトンタッチしたい、という最終目標があります。そういうことも考えている中で、若いアーティストだったり、アートの先生をされている方たちとコンタクトを取らせてもらって横の繋がりをつくっていまして、 2、3年後にはビエンナーレ(※1)を函館で開催したい、という目標に向けて動いています。なので、ギアを上げて相当加速していますね。
- 大泉市長
まさに「そういう出来事が起きたら素晴らしい」と、市民みんなが思っていたはずなんですよ。今それを夢に描いて、1つ1つ具体的にTERUさんが動かれている、というのは誇りですね。ありがとうございます。
- 函館の潜在的な魅力がもっと広く伝わっていくために、いちばん必要なことは何だとお考えですか?
- 大泉市長
伝える「手段」ってたくさんありますよね。メディアやSNSやイベントなど。そういった「手段」とは別に、結局は“愛情の強さ”みたいなものが人を行動に駆り立てる。いかに選んでもらえるか、そして愛してもらえるか。そういう地域であり続けなければ、何かを発掘してもらって発信してもらうことはできない、と思います。“選ばれる街”になるにはどうしたらいいか? それを地域の皆さんとともに、常に知恵を出しながら考え続けなきゃならないんですよね。
- 海外の多くの観光客から既に選ばれ、豪華客船が多数停泊しています。函館に何を求めて来る人が多いのでしょうか?
- 大泉市長
客船は西日本にもたくさん来るんですけれども、アジアから来て買い物をして帰っていく、というケースが多いんです。でも函館とか北海道の他の港には、北米やヨーロッパから来る客船が多いです。円安だから物を買って帰るとか、そういうことではないんですよね。今までは観光客を含めて函館には欧米の方がそれほど多くなかったので、街の雰囲気が変わりました。そして、僕たちが知らない魅力を面白がって、SNSで発信してくれます。「どうしてここにこんなにたくさん外国の方が集まっているんだろう?」と、逆に教えられる場面が多いですね。
- コロナ禍前のインバウンドの波とは質の異なるムーブメントが、今起きているのでしょうか?
- 大泉市長
これからでしょうね。欧米の方が一体何に興味を持って、どんな新しい函館を見つけてくれるんだろうか?きっとこれから分かっていくと思います。
- TERUさんも、海外からの観光客が増えたことで、街の雰囲気が変わったと感じられますか?
- TERU
朝市はガラッと変わりましたね。朝は僕5時半とか6時ぐらいに買い出し行くんですけれども、おばちゃんたちと「最近どう?」みたいな会話をしていると、「外はいっぱい来るんだけど、店の中にまでは入って来ないんだよね。『中に入ったらいいの売ってるよ』ってTERUさんから教えてあげて」と言われます。船から下りてスーツケースを引きながら歩いている人たちも多くて、やっぱり初めて見るものが函館には多いんじゃないですかね? 生で動いてるような新鮮な海産物を食べたい、という人たちも多いだろうし。あとは街並みがやっぱり綺麗なので、今ある「綺麗だ」と思っているものを守りながらも、新しいものを生み出せるような力をつくっていきたいですね。
- 市長はふるさと納税にも注力なさり、年間寄付金額100億円という目標を掲げていらっしゃることが、函館の魅力発信に繋がっている、という印象です。
- 大泉市長
もちろん発信にもなるんですが、例えば地方都市で生まれたお子さんが、20歳ぐらいまでその町で暮らすとします。お子さんの成長に伴って、学校の維持費用や先生のお給料とか、地元の地方公共団体が様々な費用を負担します。それは地元の住民税などで賄っていくんですが、成人したら多くの方が東京に行って、そちらで住民税を納める。これが一極集中の問題点なんです。Uターンの施策ですとか、いろいろなことを頑張ってみても、そう簡単には地方に人は戻らない。そこで政府が考えてくれた良い政策がふるさと納税なんですよね。これは函館のためにあるような制度だと思います。今まではあまりプッシュしてこなかったんですが、函館のように知名度があって魅力度が評価される街としては、しっかり発信すれば、それによって財源を得ることができますので。その財源を教育とか子育てとかインフラ整備とか高齢者の福祉などに投じていくんです。財源がなかなか、どこの自治体も厳しいんですよね。
- TERU
函館は特にそうですよね。人口が減ってしまって……。でも僕らのように、函館に戻ってくる人たちもいますもんね。コロナ禍がきっかけで、町おこしのような意識で「函館出身の俺たちが頑張っていこう」と立ち上がっているんです。18歳まで過ごした場所というのは、ずっと愛せる場所。愛して、愛させてくれる街というか、函館は「またここに帰ってきたい」「ここを大切にしたい」と思わせてくれる街です。そういった愛情を注げる街であるように僕らも力を注ぎたい、という感じですね。
- 大泉市長
何かデータがあるとか、リサーチしたわけではないんですけど、“Uターン欲”とでも言うのかな。函館の人は“Uターンしたい”という気持ちが強いと思うんです。いろいろな方とお話しして、そう感じます。自分自身がUターンしたいという人も多いし、「私の子どもが今、関東にいて帰ってきたがっているけど、なかなかフィットする仕事がなくて戻れない」とか。そういう話はものすごく多く聞きます。肌感覚として、函館の人は故郷を大事にしていて、他の街に住んでいても帰ってきたい、だけど戻れない、という人がたくさんいると感じます。
- TERU
やっぱり函館に仕事があれば、ですよね。
- 大泉市長
仕事をしっかりつくって、帰ってきたい人のために応えたいですね。
- TERU
函館市が、日本全国から優秀なアーティスト、作家などを募って 2週間住んでもらい、その間に気に入ったら永住してもらう、という企画をやってるみたいで。友人が詩人で、函館を好きになって東京と二重生活をしていますし、そういう機会も増やしていけるといいですよね。
- 大泉市長
そうですね、アーティスト・イン・レジデンスは増やしていいきたいです。
- TERUさんは先ほど、美大をつくりたいという目標をお話しされましたが、函館で実現する上で、何か市長にリクエストすることはありますか?
- TERU
これは、自分もアトリエをつくるために土地を買った一人として思ったことなんですけれども、どれだけ調べても空き地なのか誰かが住んでいるのか、誰のものなのか分からない土地が多いんですよ。祖父が持っていた土地を調べたら、契約している管理者みたいな人が20人ぐらいいて、判子を全員にもらわないと買い取れないといったような、不思議な法律があるみたいで。もっと分かりやすいシステムか何かがあれば、「ここにこういう土地があるなら、こういった用途で使いたい」という人たちは、全国各地にいると思うんですよね。那須のほうで小さな街をつくった友人がいて、函館を候補に挙げたいから見に行きたいと言われたんですが、やはりどこが空いてるのか、買えるのか、調べてもなかなか分からない。街おこしを営利目的で手掛ける人たちも日本中にはいっぱいて、そういう人たちが上手く函館を活用してくれたらどんどん人も集まってくるし、働き手も増えると思うんですけども。
- どういった解決策があり得るのでしょうか?
- 大泉市長
複合的な課題なんですよね。函館にはこんなに空き地や空き家がいっぱいあるのに、移住したいという人が、住む所を案外見つけられなかったりするんですよね。そういうところを繋ぐ役割を、公共も関わる形で、少しずつ整えつつあります。歴史的建造物や古民家みたいな建物をリノベーションしてそこで事業をしたい、という方もいます。そういうところを上手く繋ぐような街づくり会社もありますので、上手く連携したり協業したりすることで、もっと民間の力を活かせます。元々ある函館の良さが壊されずに残る。そういう取組を進めています。
- TERU
ホテルも建っては来ていますけども、やっぱり古民家を利用した宿泊施設がいっぱいあればいいのにな、と思ったりしますよね。僕もいつも窓を覗きながら歩いていますよ。「ここ、空いてるんじゃないのかな?」って(笑)。
- いろいろとお話を伺ってきましたが、函館市とTERUさん、GLAYが力を合わせ、函館のより良い未来に向かって、どんなことができそうでしょうか?
- 大泉市長
ここまでTERUさんに伺ったことは、函館という地域が目指す方向にズバリ、ど真ん中です。アートと函館というのはものすごく親和性がありますからね。全国、あるいは海外からもアーティストたちがたくさんやって来てくれる。そういう街になれない限り、函館のステータスは上がっていかないし、“選んでもらえる街”になっていかないんですよね。だから、TERUさんがそこに着目して取り組んでくれているのは、函館の街って本当に幸運だなと思いますね。
- TERU
いえいえ、故郷ですので。今、“選んでもらえる街”というキーワードがすごく刺さっていて。街の中には「そこには俺たち関係ないよ」と感じている人もたぶん、いると思うんですよね。でも、1人1人の力が繋ぎ合わさることで、外から人が来た時に「やっぱり函館の人って温かいよね」とか、「皆すごく優しいよね」とか、そういったこと1つでもたぶん“選ばれる街”のきっかけになっていると思うんです。
- 大泉市長
うん、なりますね。
- TERU
1人1人の函館市民の意識が上がることによって、“選ばれる街”づくりに繋がっていくんじゃないかな?と思ったので、そういう発信していきたいなと思いますね。函館市にも、GLAYの音楽を聴いてくれている人たちの中には、毎日大変な生活をしている人たちもいるだろうし、その人たち1人1人の想いや函館愛が、外から来てくれる人にとって落ち着くものになるんじゃないかな?と思うので。そういった言葉とか、発信力とかいうものを信じて、まず最初はファンの子たちから広げていって。ファンの子たちからその家族へ、家族からその友だちへ広がっていくと、函館が一つになっていくんじゃないかな?と。そういう想いを抱かせてくれたのが、市長の「選ばれる街、函館」という言葉でした。
- 本日、対談を終えてご感想はいかがでしょうか?
- 大泉市長
こうやってTERUさんと長く話したのは初めてかもしれないですね。目の前にして言うと照れ臭いんですけど、優しさがどんどん溢れてくる感じがしました。この間テレビで南海キャンディーズさんの番組で……。
- TERU
山ちゃん(山里亮太)との、函館ロケ)『土曜はナニする!?』フジテレビ系)ですね。
- 大泉市長
そうです。「TERUさんはなんでこんなに優しいの?」とスタジオの皆さんも言っていたんですけど、私も観ながら同じことを言っていました。「優し過ぎだよ!」って(笑)。街への愛も全部ひっくるめて本当に魅力的な方だなと思いました。ありがとうございました。
- TERU
こちらこそ、ありがとうございました。今日はちゃんとお話しできて、すごくうれしかったです。応援してくださっているのも実感していて。ちゃんとお会いしてお礼を言いたかったこともありまして、急なお願いでしたけれども、今日は対談の申し込みを受けてくださり本当にありがとうございました。函館愛が溢れている市長で本当に良かった、と思います。今この記事を読んでいる函館市民の方も多くいらっしゃると思いますけども、大泉市長に付いて、皆で支えて良い町づくりをしていきたいな、と思ってもらえたら光栄です。
取材・文/大前多恵
- ※1:ビエンナーレ
- 2年に1回周期で開かれる美術展覧会のこと
- ※2:いか踊り
- 函館市で始まった「函館港まつり」の恒例イベントであり、函館名産のイカにちなんだ歌に合わせて市民が踊りながら、町なかをパレードする